パチンコが衰退の一途となっている。そりゃそうだろう。全盛時から衰退期、そして現状まで見知っている者とすれば当然過ぎる、と思う。かつてはギャンブルと称されていたが、一円パチンコが出始めた頃から、衰退は見えていた。かつては一回で数万円が当たり前の時代だったから。競馬・競輪・競艇でも全レース一枚ずつ購入しても、一万円は最低要した。入場料だけ払って見学した事はあり、“折角だから一枚程度は…”とも一瞬思ったが止めた。予想は不可能だし、当たったところで数百円から数千円がせいぜい、で仮に当たって獲得したカネは間違いなく無駄遣いすることが目に見えていたからだ。運営側は馬券等を予想応援券としているのは、ギャンブル性を見せかけだけでも排除するためだったのだろうが、誰もそんな事は気にしていない。スリルが、ドキドキ感が、といっても、当たっても外れても、大概は無駄遣いして終わりだったのではないか。それが楽しければそれでも良いが、想定以上の多額を投入して、独り身でも家族持ちでも家計に影響したりしていれば度を越していると言えよう。趣味でも同じで、多額のクルマやカメラ、腕時計などに収入に不釣り合いな金額を投入していたら破綻は当然である。脳内ドーパミンが~などの理由付けは、別の問題・課題である。様々な学習(お勉強ではなく、新しいの習得という意味)はどうだろう、自分の経済環境を超えた学習はあまり聞かない。ましてや借金してまで、というのはほぼ皆無と言えよう。何がしたいのか、何をしたいのか、が有る程度明白だからだ、したことによる到達点が自分なりに見えているため、無理をするのが正解ではないと認識できるからだ。仕事に疲れて帰宅したから取り組むとか、休日を潰して取り組むなどの無理は、買い物・ギャンブルなどの出費による快感と異なる達成感や充実感があり、何より目的に近づく快感が得られるから可能なのだ。読書や趣味の研究などもそうだろう。貧乏くさい、かもしれないが、目的に近づいたり到達した後の爽快感はムダ金を使うよりはるかに大きい。でもそれに気付く人は少なく、パチンコ・ギャンブルに流れていた筈の人が、ゲームやスマホ、“推し”などにスライドしているだけなのだけれど…。
年間数兆円規模だったパチンコ業界
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