〇〇特集の類の予算がかからず、毒にも薬にもならない番組(あまり観る価値が無い)が圧倒的となり、必然的にSNSに流れるここ年末年始は恒例となった。そんな中で音楽特集番組を観たら、最新の20代ミュージシャンが、思いのほか昭和の楽曲をカバーしているのに気付いた。男性高音・ファルセットや、一小節に10字以上の歌詞をぶち込み、必然的に早口・単語や文節の途中で切る情報盛り込み過ぎ楽曲が、歌うには(特に高齢者には)相当なテンポ感を要する楽曲は“疲れる”、とも改めて気付いた。歌っている方も、聴いている方も、ゆったりテンポのむかし曲に新鮮さを感ずるのか。昭和曲は歌詞が厳選・削ぎ落され少ない。一気に1オクターブ上下するジェットコースターの様な展開の曲は少ない。時間をかけてヒットチャートを上がっていくという哲学で創られた曲が多く、その分我々が耳にする機会も多くなり、結果的に長く記憶される曲となるケースが多かった。SNSやネット、そもそもスマホが無い時代に曲を売るためにはそれしか方法が無かったのかもしれない。なんでも省力化・時短のため自動化・無人化が進み人間関係がどんどん狭小化する中で、他人と普通に話す・コミュニケートする事は気持ちの余裕がなければできない環境となった。ロンドンで無人化店舗が有人店舗に戻す事で顧客から喜ばれたという記事が出ていた。限られた人間関係の中だけで閉塞感を感じて煮詰まっている人は多いのではないか。生成AIの“正解”を求めるのでは無く、時間をかけて自分なりの回答を求める風潮の波が微かでも立ってくれたら、少し生き易くなるかもしれない。
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