スポーツ観戦

野球、サッカー、オリンピック…いわゆるプロもしくはほぼプロスポーツ選手の好戦は観ていて興奮する、元気を貰える(元気とは“自らなる”ものであって、人から貰うものでは無いけど)と言われる。プロとは、それで飯を喰っている人である。つまりサラリーマンや一般の職業人である。どこかの会社の営業マンの成績が素晴らしいからといって、カネを払って応援するのか?事前準備やすばらしいプレゼンを行い、結果として高額の成果を得られたとして他人が応援するか?ということ。それによって得られたボーナスや社内評価が破格であったら一緒に喜べるのか?ということ。画家・芸術家・俳優・歌手…そして演奏家は別だ。成果自体が直接観ている者や聴衆に感動を与え、その対価を喜んで受け入れる。どこが違うのだろう?受け入れ側次第、といえば話は終わりだが。自分ができない事を代わりにやってくれた、ということなのか。目指すけれど、目的とはなり得ず、それを代わって成し遂げてくれているから。嫉妬は生まれないのだろうか。自分には無理と判っているから、自分の代わりに成し遂げてくれた疑似自分と自身を重ねているのか。誰もが感動する演奏ではなく、自分の考える到達点を共有できる一部の人を頷かせるのが目的なら如何か。目的を変えたら嫉妬も生ぜず、単純に感動できるけど。本当は、皆を感動させる演奏をしたいけれど、ね。

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